計画無痛分娩出産レポート

妊娠・出産

いまさら(娘すでに1歳7カ月)ではありますが、出産レポートを残します。私も出産前はとにかくいろんな出産レポートを読み漁ったので、誰かのお役にたてばよいな、という気持ちをこめて。出産の記憶は遥か彼方なのですが、ツイートや育児日記などしっかり残っている記録を頼りにまとめます。

計画無痛分娩について

計画無痛分娩とは

計画無痛分娩とは、分娩日を事前に計画的に決め、麻酔をつかって痛みを軽減させる分娩のことです。

日本では多くの人が自然分娩をしますが、自然分娩の場合は自然に起こる陣痛を待ち、麻酔等は行わずに分娩します。一方、計画無痛分娩は、事前に医師と相談して分娩日を決め、陣痛が起こる前に入院します。陣痛促進剤を使って陣痛を進め、陣痛の痛みは麻酔によって軽減させます。

なぜ計画無痛分娩を選んだのか

海外で働き出張も多い夫に立ち会ってもらうには、計画分娩以外の選択肢がありませんでした。「出産の時には万が一の事態に備え1人は家族にいてもらうように」と病院からも言われたのですが、両親義両親も他界していておらず、どうしても夫に立ち会ってもらいたかったのです。

また、妊娠中に経過をみてもらっていた海外では無痛分娩が一般的で、自然分娩を受け付けてくれる医師の方が少ないくらいでした。そのため、無痛分娩に抵抗は全くなく、体力に自信もなかったので、麻酔による分娩を選択しました。

ちなみに私の出産した病院では、無痛分娩を希望する場合、基本的に計画分娩となります。麻酔の対応が24時間365日可能ではないためです。

「分娩予定日を決める」「計画」「無痛」分娩。出産は本来とても自然なものなのに、こうやって書くととても人為的に感じます。もちろん抵抗がある人もいると思います。でも私は全く抵抗感はありませんでした。

出産前日まで

分娩予定日を決める

分娩予定日は、本来の出産予定日の1カ月半くらい前に医師と相談して38週に決めました。39週で設定する人が多いようですが、子宮頸癌の円錐切除術を受けていて、そこまでもたないのでは…と不安だったので少し早めに設定しました。

子宮頸癌の治療をした時の話

分娩予定日前日に入院

陣痛や破水はもちろん、おしるしも前駆陣痛も、なにもないまま、分娩予定日の前日を迎えました。計画分娩なので、前日に入院です。なんだか旅行にでも行くような感じ。出産の実感がありませんでした。

病院に到着すると…

事務手続き → 採血・血圧・体温測定→ NSTたっぷり40分 → 主治医の診察 →就寝前に体温・血圧・子の心拍確認

主治医の診察の結果、子宮口がすでに3センチ開いているとのことで、バルーンを入れなくてすみました。通常は診察時に子宮口を広げるためのバルーンを入れるとのことでした。

痛いと評判の「内診グリグリ」もそこまで痛くありませんでした。たぶんすでに子宮口が開いていたから…?

股関節を広げたスクワットをするようにと言われたので、病室に帰ってスクワット。膝激痛。産前も産後も私は腰よりも膝の痛みにずっと悩まされ続けていました。

出産当日

LDR(陣痛分娩室)に入るまで

陣痛や破水などそのままなにも起きないまま、分娩予定日当日を迎えます。

7:00まで シャワーを浴び、病院の用意してくれている産褥ショーツと手術着に着替え。

7:15 助産師さんが病室へ来てくれて血圧と体温チェック。NSTでは「いい感じに張ってますねー」と言われるも、結局最後まで「張っている」という感覚はよくわからず。

8:40 主治医の診察。人工的に破水。痛かったけれど、ものすごく手際が良くてあっという間に終了。

LDR(陣痛分娩室)に入ってから出産まで

9:00 LDRに移動。体温、血圧チェック。点滴のラインをとって陣痛促進剤使用開始。通常の点滴用の針より太いらしく痛い。硬膜外麻酔も開始。硬膜外麻酔をするための最初の局所麻酔が痛い。

10:00 硬膜外麻酔の効き方が左右で違うので身体を横に向ける。その後も麻酔が身体の右側しか効かず、おなかが張るたびに体の左側だけ鈍痛。それでもまだ生理痛重めくらいの痛み。

10:50 トイレはどうするんだろう?と思っていたら、カテーテルでとってくれた。カテーテル入れっぱなしではなく、数時間おきにとるそう。「大の方を万が一したくなったら声をかけて」と言われるも、陣痛と便意が似ていてよくわからない。

11:10 子宮口の開きはまだ3.4センチだけど柔らかくなってきて進んでいるそう。麻酔が効いていない方の半身は陣痛の波が来ると生理痛より痛いレベル。体温調整のためにも水分はとるようにと言われる。

12:00 麻酔のカテーテルを引いてもらって、おなかには麻酔が少し効く。陣痛の波が来るたびにおしりが痛い。下痢を我慢している感じに似ている。

12:20 明らかに陣痛の波がわかるように。「波が来ても力を入れず、息を吐いて」と言われる。

13:00 急に陣痛が激しくなる。あまりに急すぎて、もともと効きがあやしく調整を繰り返していた麻酔は調整も追加も間に合わず諦めることに。「もう産んじゃったほうがはやいですね」という麻酔科医の先生の言葉が聞こえる。陣痛促進剤もストップ。普通に陣痛に苦しむ。

13:30 まだまだだと思って食事に行っていた夫がLDRに戻って来る。食事に行く前まで普通に話ができていたのに、食事からもどると状況が一変。叫び苦しむ妻を見て、きょとーん。

14:00 娘誕生。猛烈に痛みに苦しんだのはたったの1時間。この1時間のことは正直あまり覚えていない。無痛分娩にしたのに麻酔が効かないというトラブルに見舞われたものの、激しい陣痛になってからたったの1時間で生まれてきてくれた。うっすら覚えているのは、娘の頭の先だけ出てきたところで、先生が私の手を娘の頭に持っていってくれて、触れさせてくれたこと。確かに髪の毛に触れた感触を覚えている。

出産後すぐ、胎盤を見せてもらいましたが、巨大でびっくり。家族で写真を撮らせてもらった後は、麻酔のカテーテルを取り、1時間LDRで出血の様子を見た後病室へ戻りました。その後1時間は麻酔の影響を考慮し立つのは禁止。産後はじめてのトイレは助産師さん同行でした。麻酔によるふらつきがないことを確認した後、点滴のラインを取りました。

感動とか、なにか感傷的な気分になるのは私の場合もう少し後で、出産直後は「あー終わった、母子ともに無事でよかったー」くらいのなんとも間抜けな感じでした。無痛分娩のはずが、普通に陣痛を体験することになるとは予想外でしたが、激痛は1時間のスピード出産でした。

出産後の気付き・産後メモより

会陰切開は?

散々心配していた会陰切開はしませんでした。「裂けたのも少しだよ」と言われたのですが、それでも痛くてドーナツクッションを使用。痛み止めを飲みました。翌日には痛み止めもいらないくらいになり、排尿時に居たい程度でした。退院する頃にはそれも気にならなくなっていました。

悪露は?

出産時は病院が用意してくれていた産褥ショーツとお産パッドを着用。出産翌日にシャワーOKになってから持参した産褥ショーツに着替えました。2枚しか用意していなかったけれど、私の場合は十分でした。その後は生理用ショーツで問題なく過ごせました。

会陰の傷のチェックが毎日あったので、帝王切開などでベッドで自力で腰をあげてショーツが脱げないような状態だと、産褥ショーツは必須です。

つわりはどうなった?

妊娠初期は水も飲めなくなり、2カ月で4回入院し体重は9キロ減。妊娠後期は胃酸の逆流に悩まされ、歯医者さんでは「胃酸で歯が溶けています」と言われていました。吐き気やげっぷにも悩み続け、味覚はおかしいままでした。

出産から2時間後くらいに食べたおやつのマドレーヌ…なんと、なんと、なんと、ほぼ普通の味に戻っていました!胃酸は少し感じたけれど、吐き気もげっぷも産後すぐに全くなくなりました。人間の身体って本当に不思議です。胃酸の不快感も出産翌日にはほぼ解消しました。

産後の体重変化

出産直後は5キロくらい体重が落ち、正常とのことでした。ただ、この後1年間全く体重が落ちず、娘が1歳になる頃、医師に糖尿病気味と指摘されてしまいます。このままではまずいと糖質制限をして現在は血糖値は正常範囲に戻ったのですが、産前の体重まで健康のために少しずつ戻すようにと医師の指導をいまだに受けています。

授乳すればどんどん体重が落ちると聞いていたのですが、そんなこともなく…

産後は続くよ、どこまでも

出産の記憶は遠いのですが、娘が1歳7カ月の今も、「産後」は続いているんだなと書いていて思いました。身体も気持ちも、妊娠出産を機に変化し、今もその気持ちがつながっているような気がします。

麻酔が効かない無痛分娩でしたが、苦しんだのはたったの1時間というスピード出産のおかげで、出産に対する恐怖心は全くありません。「2人目はさらにスピード出産になる可能性も高いからあなたは早めに病院に来た方がよい」と言われるくらい。

ただ、つわりの悪夢はちっとも記憶が褪せず。2人目が考えられない理由のひとつにもなっています。

さて、私の産後はいつ終わるのか、終わらないのか?

こんなはずじゃなかった!母乳育児の現実