電車に乗るのが怖い…ベビーカー論争ってなに?

妊娠・出産

以前「妊婦様」という言葉についてこちらのブログに書きました。

マタニティマーク付ける?付けない?

2018年2月24日

今度は「ベビーカー論争」という言葉を発見してしまいました。

ベビーカーは結局譲っていただいたのですが、どんなベビーカーを購入するか考えておこうと思い調べていたところ発見した、この「ベビーカー論争」という言葉。今度は日本でベビーカーを使うことに、いや、子どもを連れて外出することにすらビビっています。

ベビーカー選び

当初は軽さ重視で、4輪軽量タイプのベビーカーを検討していました。

ところが、ドバイ在住のベビーカー使用中の友人に相談すると、「4輪軽量タイプはけっこう壊れるよ」と言うのです。

確かに、道路事情は日本と違うし、よくよく注意して見ると、街中で4輪軽量タイプのベビーカーをほとんど見かけません。3輪タイプか、4輪であってもものすごくごついもの、もしくは新生児期には使えないB型タイプばかり。そもそも日本で普及している4輪軽量タイプのベビーカーってなかなか売っていません。

そこで「せっかく買って壊れるくらいなら」と3輪タイプに絞って探すことにしました。が、ここで問題が。3輪タイプは4輪軽量タイプに比べて、大きくて重いのです。日本にいる時は都内で過ごすことになるため、大きなベビーカーと赤ちゃんと荷物を抱えてひとりで電車に乗れるのか…不安になりました。

ベビーカーと電車

そこで、先輩ママのブログでも見てみようかと思い、たまたま最初に見つけたブログがこちらの「私たちが満員電車でベビーカーをたたまない理由(お湯アナ渡部郁子の湯むりえ日記 ~ぬる湯のすすめ~)」でした。

「満員電車にベビーカーを押して母親が乗ってきた。じゃあその周りの5人くらいは電車を降りて、みんなで空間をつくってあげればいい。」

この一文を読んでから先、もう止まらなくなって一気に読んでしまいました。

この後に続く言葉にも、体が震えるのを感じました。

「(会社に)遅刻したら堂々と「ベビーカーに譲ったので」と報告して、上司は「それはよいことをしたね」と褒めればいい。」

こう思ってくれる人々が社会に増えたらと思うと、想像しただけで、やさしい気持ちになることができました。

出典:お湯アナ渡部郁子の湯むりえ日記 ~ぬる湯のすすめ~「私たちが満員電車でベビーカーをたたまない理由」

この冒頭のメッセージに続いて、この記事のタイトルでもある「私たちが満員電車でベビーカーをたたまない理由」が訴えられています。

タイトル「私たちが満員電車でベビーカーをたたまない理由」も内容も、やや傲慢な印象を与えかねない表現があります。ご本人がどんな様子で電車に乗られているのかわかりませんが、少なくともブログの表現は、否定的な意見も覚悟されているかのようなわりきった表現が多い気がします。実際にコメント欄にはいろいろな意見が並びます。

この方は子どもを連れてお仕事に行かれているようなので、おそらく周囲の厳しい視線にさらされる機会が多く、「わかってほしい!」という気持ちがあふれ出た結果なのだと思います。

ベビーカー論争とは

そもそも「ベビーカー論争」とは、公共の場所(特に混雑している場所)でのベビーカー利用の是非や、マナーをめぐる論争のこと。

特に混雑した電車にベビーカーで乗車される方がいると確かに場所をとりますし、周囲の人は赤ちゃんの上に倒れたり荷物が落ちてはいけないので、かなり気を配る必要があります。

お母さんの立場からするとそもそも、「満員電車にベビーカーで乗る」というのは本来避けたいことではあると思うので、苦渋の判断です。ただでさえ肩身の狭い思いをされている上に、周りの冷たい視線や意見にさらされるのはあまりにつらい。妊娠期間から「妊婦様」などと言われ、びくびくしながら電車に乗っていた方にとっては、子育てを楽しめなくなる、つらく感じてしまう要因になってしまうと思います。

一方で、他の乗客からすると、単に「邪魔」「迷惑」というだけでなく、赤ちゃんの安全と言う意味でも心配です。

以前有数の混雑路線東京メトロ東西線を利用していた時に、ベビーカーではないのですが、小学校低学年の子どもが、なんとひとりで乗車してきたことがありました。通勤ラッシュのまさにピーク時刻でした。

東西線のピーク時刻は、駅員さんがドアを閉める際に人をぎゅうぎゅう押すレベルの超混雑路線です。結果的にその子がドア際に立ち、たまたま私は横にいたため、その子の壁になり、必死でその子が降りるまで手足を踏ん張って耐えました。私がすこぶる優しい人間なわけではなく、そうでもしないとかなり危険だったからです。

その子は当然大人より背が低いので、満員電車では隣に立った人以外はその子の存在に気付くことすらなく、ただそこに余っている空間があるように見えてしまうのです。その子には運賃を払えば電車に乗れる権利があり、ひとりで乗ってはいけないという決まりもない。

ただ、その子に万が一のことがあった場合には、たまたま周囲に同乗した大人の責任ではなく、やはり電車にひとりで乗せる判断をした親の責任だと思います。ベビーカーもきっと同じで、万が一赤ちゃんの上になにか落としてしまった時に、その落としてしまった人を一方的に攻めることなんて到底できません。やはり、安全上最良の選択ではないと理解した上で、電車に乗っている親に責任があると思います。

それでも私は「ベビーカー論争」を受け入れたくない

世の中の大半のお母さんたちは「子どもの安全を守りたい」なんて当然第一に考えた上で、それでも、電車に乗っているんだと思います。周囲の視線にびくびくしながら。

もちろん、「混んでいる時間を避ける」「荷物を少なくしてできるだけ抱っこひもで移動する」「赤ちゃんの安全にも周囲の方の安全にも気を配る」「傲慢な態度をとらない」など、できることは最大限配慮した上で。

この最大限の配慮ができていない方や、時に状況があるので、批判的な言葉が生まれるのだとは思います。

「大変なんだからわかって」ママには違和感がある

「ベビーカーに対して批判的な人の気持ちがよくわかる」と語るのは、フルタイムで働きながら、1歳の息子さんを育てる清花さん(仮名・31歳)。自分自身も日頃ベビーカーを利用する中で、ベビーカー批判の原因はベビーカーを使うお母さんたちの態度にもあると考えています。

「『大変なんだからわかってよ!』という姿勢の人には違和感があります。電車のドアの側にベビーカーを置いて、出入り口をふさいでいる人なんかを見ると、やっぱり迷惑なんじゃないかと思います。私は電車などに乗るときは抱っこひもで行きます。どうしてもベビーカーを使わなければならない場合は、畳んで、入り口には立たないようにします。

出典:東洋経済ONLINE「「ベビーカー論争」ママたちの抱えるジレンマ」

この方は、現在ベビーカーを使われている方です。そのような方でも「大変なんだからわかって」ママには違和感がある、とおっしゃっています。

この方のおっしゃりたいことは理解できます。もちろん、最大限の配慮はすべきです。

しかし、今妊娠していてちょうど母親の入り口に立つ私には、一方的に「親が傲慢だからいけない」なんて言えない気持ちです。

だって、世の中のお母さんたち必死です。

もちろん全てのお母さんが「あたしおかあさんだから」の歌詞のような自己犠牲にあふれているわけでも、それを強いられているわけでもないと思います。でも、「自分のことは後回し」が続くことはあるだろうし、なかなか気持ちや状況が周囲に理解されないこともあると思います。

そんな中、やむをえず電車に乗って冷たい視線にさらされたら、「一生懸命頑張ってるのに!」という傲慢な気持ちが自分に全く生じない自信が正直ありません。もちろんそういう気持ちが生じないようにコントロールしたいですし、仮に気持ちが生まれてしまったとしても言動に出さないようにしますが…。

それから、これは「子どもを連れた親」だけの話ではないと思うんです。

「子どもを連れて混雑した電車に乗る状況」に出会う人は限られています。車社会の地方ではなかなかないですし、ベビーカーを使う子どもの年齢も限られています。

でも、「電車の中で急に体調を崩す」「けがをして松葉づえを使う」「障害をもって車いすを使う」といった状況は誰しも、すぐにでも、あり得る話です。自分にもこういった状況があるかもしれない、という想像を働かせた上で、ベビーカー論争でよく見る「外出しなければいい」「毎回車かタクシーを使えばいい」なんて言えるでしょうか?なんて生きにくい社会だと思ってしまいます。

ベビーカーをめぐる、ハード面・ソフト面両方の課題

ドバイで生活をしていて、こういうことで悩んでいるお母さんってまずいません。

ひとつは、ハード面で東京より子育てがしやすいからだと思います。道路幅、電車の混雑具合、飲食店の広いキッズスペース、エレベーターの設置数など。都内の人口密集や、交通の現状を見てすぐに改善できるかといえば難しいのは重々承知ですが、改善の余地は大きいと思います。

そして、なによりソフト面。男性の育児休業が制度的には取得できても現実はなかなか難しいなんて状況と同じで、制度やハードがいくら整っても、子どもウェルカムな雰囲気がなくては子どもを育てる親にとっても、周囲の人にとっても双方ストレスをためる今の状況を抜け出せないのではないかと思います。

例えば、日本では子どもを連れてお茶をしようにも、お店を事前に調べて、連れて行っても大丈夫そうなお店をわざわざ選ぶことが多いと思います。ドバイでは、ホテルのレストランでさえ小さい子が泣いていたり騒いでいるのを見かけます。別に珍しいことでもなんでもなく、レストランのスタッフや周囲のお客さんがニコニコみんなであやしている光景は日常です。子どもを遊ばせておけるキッズスペースがあるお店も多く、とても便利です。

一方、ベビーカーが批判されること自体に違和感を感じているのが、アメリカ在住経験もある専業主婦の沙織さん(仮名・37歳)。3歳と1歳の娘さんがいますが、保育園激戦区で知られる世田谷区在住ゆえ、現在は待機児童状態で子育てをしています。

数年前まで夫の海外赴任に同行していた沙織さんは、アメリカと日本の子育てに対する社会の見方の違いに、驚きを隠せません。「なんでベビーカーを押すことが批判されるのでしょう。はっきりいって不快です。1人目を出産したアメリカでは、社会全体が子育てに対してウエルカムな雰囲気でした。だから、社会の宝を授かり、育てているという充実感があったのです」(同)

出典:東洋経済ONLINE「「ベビーカー論争」ママたちの抱えるジレンマ」

東京の電車に乗っていると、「みんなが自分のことに必死」だと感じます。余裕がないのです。疲れているのです。電車だって、少なくとも都内は、他の国の電車よりずっと混んでいて狭いでしょう。だから、いきなり海外みたいに「子どもウェルカムな社会に!」と言っても難しいと思います。

しかし、子どもを連れた親は肩身の狭い思いをし、周囲の方はその様子を時に傲慢だと感じたり迷惑だと感じたりする今の状況は、誰も幸せではありません。「誰が悪い」「どちらが悪い」を繰り返しても、みんなが生きにくいだけです。

「ワンオペ」「イクメン」なんて言葉が普及してしまうのと通じるところがあるなと感じます。社会として、全体として、子どもウェルカムな雰囲気になるといいなと強く思います。そのためには、みんなが心に少しの余裕を持てるような、制度やハード面の整備も必要です。

私も実際に子どもが産まれたら周囲のことが見えなくなる恐れがあるので、周りの方への配慮を忘れないよう、子どもウェルカムな雰囲気の一部になれるよう、今の気持ちを忘れないようにしたいなと強く思います。